東京高等裁判所 昭和38年(ラ)675号 決定 1964年3月10日
抗告人 上原健治
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣旨ならびに理由は、別紙のとおりである。
記録によれば、抗告人を原告、保坂ツネ子を被告とする長野地方裁判所昭和三八年(ワ)第三号請求異議訴訟事件につき昭和三八年一一月一日午後三時に開かれた同裁判所第四回口頭弁論期日において、同事件担当の裁判官滝川叡一が原告代理人弁護士鴛海陸の申請にかかる人証中在廷証人田中勇次郎を却下、原告本人上原健治を採用、その余の証人につき採否を留保する旨を告げたところ、右原告代理人鴛海弁護士から右滝川裁判官の措置につき忌避の申立がなされたこと、この申立に対し滝川裁判官が訴訟の遅延のみを目的としてなされた忌避権の濫用であるとして即時却下の決定をしたことが明らかである。
よつて按ずるに、忌避の申立は、事件担当の裁判官に裁判の公正を疑うに足りる客観的事情の存することを理由とする場合に限り許されるもので、証拠の採否というような裁判所の訴訟指揮上の措置については、たとえそれに不満があつても、それを理由としては許されないものというべきである。けだし、裁判所は、当事者の申し出でた証拠のすべてを取り調べなければならないものでなく、具体的事案について誤りのない事実を確定するために必要とする限度で証拠調べを施行すれば足り、何が必要とする限度であるかの判断は裁判所の専権に委されているものと考えなければ、到底訴訟手続の円滑な進行を期することはできない。もつとも、訴訟の指揮が裁判所の専権に属するからといつて、裁判官の偏見によつてなされてよいはずのものではないが、偏見がありとするには、これを裏付ける客観的事情(一般的に裁判の公正を妨げる蓋然性ある事実)がなければならないし、その客観的事情の開示を伴わない忌避の申立は、これをとりあげるわけにはいかない。
抗告人が本件忌避の申立をしたいきさつは前記のとおりであり、その後抗告人から原審に提出された忌避申立書によつても、抗告人申請にかかる人証の却下されたことから、担当裁判官に偏頗の裁判をする虞れがあるというのみで、同裁判官に右にいわゆる客観的事情の存することにつき何ら首肯するに足りる開示がなされていない。
右のように、単に訴訟指揮上の措置のみについての不満を表明し、客観的事情の開示を伴わない忌避の申立は本来忌避の理由とはなりえない事柄をあえて忌避理由とするものであるから本件において、抗告人の忌避申立を訴訟遅延のみを目的とするものであることが明らかなものとした滝川裁判官の判断は結局においてこれを肯認できないことはなく、このような判断が肯認される場合においては忌避権の濫用として忌避された裁判所自らがその申立を却下できるものと解するのを相当とするから本件抗告は、他の論旨の理由のないことは以上の説示から明らかである以上これを棄却すべく、よつて主文のとおり決定する。
(裁判官 大場茂行 町田健次 下関忠義)
別紙
抗告の趣旨
昭和三十八年十一月一日、長野地方裁判所昭和三八年(ワ)第三号請求に関する異議事件の口頭弁論期日に申立人の為した忌避申請事件に付裁判官滝川叡一の為した忌避却下の決定は取消す。
忌遊申請事件を長野地方裁判所に差戻す旨の裁判を求める。
抗告の理由
一、右期日に於て申立人は係裁判官滝川叡一忌避の申請を為し理由書は追つて提出すると述べた
一、然るに裁判官滝川叡一は自己が忌避せられた事件に付直ちに右期日に於て訴訟を遅延せしめる目的なりとして申請却下の決定をした
一、右訴訟は昭和三十八年一月中提起せられ僅かに同日まで審理回数三四回に過ぎぬから遅延せしめる目的でない事は之によつても明かである
一、如之忌避の申立を受けた裁判官が忌避の申請の裁判を為すが如きは民事訴訟法第三十九条、第四十条の法意に反する違法のものであるから抗告を申立てゝ抗告の趣旨の如き裁判を求める